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茶道具買取事例
香取正彦の鉄瓶を買取しました
- 作者
- 香取正彦
- 地域
- 石川県 加賀市
「古い物がたくさんあって整理をしたいので出張買取に来ていただけますか」
とのお問い合わせがあり、どんな物があるかなどを事前にお聞きして、石川県加賀市のE様のご自宅へ後日出張買取にお伺いさせていただきました。
画像に掲載した作品は、買取させていただいた中の1点で香取正彦の鉄瓶です。香取正彦は、日本を代表する鋳金工芸家で、特に梵鐘(お寺の鐘)の制作で知られる人間国宝です。東京・小石川生まれで、戦後は失われた鐘の復元に生涯を捧げ、150口以上の鐘を作った人物として評価されています。
坂井美術では人間国宝の香取正彦や津田信夫などの鋳金工芸作家の作品をはじめ、鉄瓶や茶釜など茶道具を高価買取させていただいております。ご自宅やご実家で使われていない茶道具や、価値がわからない茶道具などございましたら是非ご相談ください!
また、今回の買取では香取正彦の鉄瓶や九谷焼の花瓶、置物などをいくつか買取させていただきました。量もたくさんございましたので、出来るだけ精一杯の金額にて買取させていただきました。大切にされてきた品々を買い取りさせて頂きありがとうございました。
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当店公式LINEでは、買取を希望される骨董品がお手元にある場合、大まかな予想買取価格をお伝えすることができます。スマートフォン版LINEで下記QRコードをスキャンして友だち追加いただき、トークにお名前・商品名・商品写真をお送りください。

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出張買取・店内持ち込み歓迎
坂井美術では、お客様のご要望に沿って様々な買取方法を行っています。店内持ち込みはもちろん、出張買取やLINEでの簡易鑑定もおまかせください。
取扱商品は、中国美術、茶道具、煎茶道具、鉄瓶、金瓶、銀瓶、古美術品、骨董、蒔絵、工芸品、陶磁器、有名作家作品、書画、日本画、洋画、版画、着物、古民芸、各種収集品、貴金属など多数あります。
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鉄瓶 人間国宝 香取正彦 宝珠形 ちどり文 松摘共蓋 胴銘 共箱
香取 正彦(かとり まさひこ)
1899年(明治32年)1月15日 – 1988年(昭和63年)11月19日
日本の鋳金工芸作家。1977年(昭和52年)に梵鐘分野で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。父は鋳金工芸作家の香取秀真。
1899年(明治32年)1月15日、東京市小石川区に生まれた。父は鋳金工芸作家の香取秀真であり、正彦は長男だった。まもなく両親の出身地である佐倉(現・千葉県佐倉市)へ移り、幼少期を佐倉で過ごした。
1916年(大正5年)から1920年(大正9年)には太平洋画会研究所で洋画を学んだ。1920年(大正9年)には東京美術学校(現・東京藝術大学)鋳造科に入学し、主任教授である津田信夫の指導を受けた。製作にあたっては古典研究を基礎としている。1925年(大正14年)に東京美術学校鋳造科を卒業すると、同年にはパリ万国装飾美術工芸博覧会(アールデコ万博)に「苺唐草文花器」を出品して銅牌を受賞した。
1928年(昭和3年)の第9回帝展では「魚文鋳銅花瓶」で初入選した。1930年(昭和5年)の第11回帝展では「鋳銅花器」で特選を受賞し、1931年(昭和6年)の第12回帝展では「蝉文銀錯花瓶」で再度特選を受賞、1932年(昭和7年)の第13回帝展では「金銀錯六方水盤」で3年連続の特選を受賞し、帝展無鑑査となった。
太平洋戦争終戦後には、戦時中に供出された仏具や仏像などの文化財修理・保護に尽力した。1950年(昭和25年)には父の秀真とともに梵鐘製作を始め、計150口を超える鐘を制作している。1958(昭和33年)には横浜市がアメリカ合衆国サンディエゴに贈った「友好の鐘」、1963年(昭和38年)には滋賀県大津市の比叡山延暦寺阿弥陀堂の梵鐘、1964年(昭和39年)には東京都大田区の池上本門寺の梵鐘、1967年(昭和42年)には広島市の平和記念公園にある「平和の鐘」などを製作した。その他には千葉県成田市の成田山新勝寺の梵鐘、岡山市の法界院の梵鐘なども製作した。
1953年(昭和28年)には芸術院賞を受賞した。1954年(昭和29年)より日本伝統工芸展が開かれると、第3回展から審査委員を委嘱されている。1977年(昭和52年)4月25日には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。1981年(昭和56年)には梵鐘製作100点を達成し『百禄の鐘』を出版した。1987年(昭和62年)には三十三間堂の梵鐘を製作した。同年には『日本経済新聞』の「私の履歴書」に香取の生涯が連載された。
1988年(昭和63年)には日本芸術院会員に推挙され、同年には宮城県岩沼市にある竹駒寺の梵鐘を手がけるも、完成目前の同年11月19日に死去し、この梵鐘が遺作となった。人間国宝の人形作家である堀柳女などと親交があった。
2022年(令和4年)には佐倉市立美術館で収蔵作品展「人間国宝・香取正彦の仏具と佐倉の工芸」が開催された。
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