武腰善平の火鉢を買取させていただきました

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武腰善平の火鉢を買取させていただきました
作者
武腰善平
買取地域
石川県 能美市

特徴

九谷焼 武腰善平 赤絵 細密花鳥図 七賢人 火鉢 秀作

作者について

初代 武腰 善平(たけごし ぜんぺい)
1843~1907年
幕末-明治時代の陶画工。天保(てんぽう)14年生まれ。
九谷庄三(しょうざ)のもとで陶画をまなぶ。
明治5年金沢産物方役所の命で東京にでて、増上寺山内各寺院の陶器御用をつとめ、かたわら九谷焼の販路拡張にあたった。
明治40年死去。65歳。加賀(石川県)出身。号は広布堂。

二代 武腰 善平
1873(明治6)~1935(昭和10)年
二代武腰善平は、1873年(明治6)10月12日に九谷庄三の弟子300人中の第一人者と謳うたわれた、初代 武腰善平(1843~1907)の長男として生まれました。
初代善平の姉しづは九谷庄三の妻であることから、二代善平は庄三夫妻から格別の薫陶を受けたと伝えられています。
そのような父初代善平のもとで二代善平は、幼少の時より陶画を学んできました。
初代善平の三男は初代泰山で、二代善平の弟にあたります。
初代善平の子どもたちへの指導は厳しく「根気強く」と「工人に恥じぬ仕事を」のふたつを身をもって修業させたといわれています。
二代善平は父から指導を受けた庄三風の彩色金襴手や赤絵細描などを巧みとし、九谷の伝統技法を維持伝承した名匠のひとりです。
大正時代には楽焼をはじめたといいます。
1935年(昭和10)63歳で歿しました。
現在、日展で活躍中の現代九谷焼作家武腰一憲氏の曽祖父にあたります。

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